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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(行ツ)129号 判決 1983年9月08日

上告人 大阪市長大島靖

右指定代理人 山本重雄

京極務

被上告人 ユニ・ゴールデン株式会社

右代表者 平尾宣夫

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人森本治臣、同喜多明広の上告理由について

論旨は、要するに、被上告人の上告人に対する土地収用法一三三条に定める本件損失補償に関する訴えは同条一項所定の出訴期間経過後に提起された不適法なものであるにもかかわらず、原判決がこれを適法と解した点に同条項の規定の解釈適用の誤りがある、と主張するものである。

本件記録及び原審の適法に確定するところによれば、被上告人は、昭和四三年八月六日、本件収用裁決書正本の送達を受け、同年一〇月二九日、大阪府収用委員会を被告として本件収用裁決の取消しを請求するとともに、その関連請求として、上告人を共同被告とし、右違法な裁決に基づき上告人が本件土地の形状等に変更を加えたことによる不法行為上の損害賠償の請求又は右裁決の取消しに伴う原状回復としての本件土地の返還に代わるその価額の填補賠償の請求として、収用時の本件土地の価額相当額から被上告人が既に受領した損失補償金額を控除した額の金員の支払を請求し、その後、同四六年六月九日、上告人に対する土地収用法一三三条に定める訴えとして、右金額と同額の損失補償金の支払を求める予備的請求追加の申立てをしたものであることが明らかである。

ところで、訴えの変更は、変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならないから、右訴えにつき出訴期間の制限がある場合には、右出訴期間遵守の有無は、変更前後の請求の間に訴訟物の同一性が認められるとき、又は両者の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴え提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときを除き、右訴えの変更の時を基準としてこれを決しなければならないところ、前記上告人による損失補償の予備的請求の追加の申立ては、本件収用裁決書の正本の送達を受けた日から土地収用法一三三条一項所定の三か月を経過したのちにされたものであることが明らかであり、また、右予備的請求は主位的請求と訴訟物を異にしているから、前記特段の事情がある場合でない限り、右追加的請求に係る訴えは、出訴期間経過後に提起されたものとして不適法であることを免れない。しかるところ、原審は、本件において、被上告人が、前記のように上告人に対し、主位的請求として本件収用裁決の違法を前提とする収用時における本件土地の時価と補償金額との差額の金員支払請求をしていることに着目し、これをもつて上告人に対して実質的に損失補償額を争う意思を表明していたものと認めることができるものとし、かつ、上告人においても被上告人の右意思を看取しえたものと認められるとしたうえ、このような事情のもとにおいては、前記損失補償の予備的請求の訴えは、出訴期間に関する限り、当初の主位的請求に係る訴えの提起の時にその提起があつたものと解するのが相当であると判示し、右訴えを適法としているのである。

思うに、土地収用法一三三条が収用裁決そのものに対する不服の訴えとは別個に損失補償に関する訴えを規定したのは、収用に伴う損失補償に関する争いは、収用そのものの適否とは別に起業者と被収用者との間で解決させることができるし、また、それが適当であるとの見地から、収用裁決中収用そのものに対する不服と損失補償に関する不服とをそれぞれ別個独立の手続で争わせることとし、後者の不服の訴えについては前者の不服の訴えと無関係に独立の出訴期間を設け、これにより、収用に伴う損失補償に関する紛争については、収用そのものの適否ないし効力の有無又はこれに関する争訟の帰すうとは切り離して、起業者と被収用者との間で早期に確定、解決させようとする趣旨に出たものと解される。

このような理解に立つて本件の場合をみるのに、被上告人の上告人に対する主位的請求は、本件土地収用時における右土地の時価と収用裁決において決定された損失補償額との差額の支払を求めるものである点においては予備的請求である上告人に対する損失補償に関する訴えの請求と請求の趣旨を同じくするものではあるけれども、前者は、本件収用裁決そのものの取消請求の関連請求として提起され、右収用そのものが違法であることを前提とし、これに基づく上告人の本件土地の形状変更という不法行為によつて損害を被つたことを請求原因とし、あるいは右収用裁決の取消しに伴う原状回復としての土地の返還に代わるその価額の填補賠償を請求するものであつて、本件土地の収用そのものの適否ないし効力等と無関係な補償金額の多寡についてのみの不服を内容とする後者の請求とは全くその性質を異にするというべきものであり、被上告人が前者の請求においてたまたま自己が既に支払を受けた損失補償額を賠償額から控除して請求していたため請求額が予備的請求である損失補償に関する訴えの請求額と一致したというにすぎないのである。もつとも、両請求の間には、本件土地の収用時における時価のいかんが争点として審理の対象となるという共通点が存するが、これとても、前者の請求においては本件土地の収用そのものが違法とされる場合において初めて判断の対象となるにすぎないのに対し、後者の請求においてはそれが当初から審判の中心対象をなすという実質上の大きな相違が存するのである。このようにみてくると、被上告人の前記主位的請求を目して損失補償額をそれ自体として争う趣旨を含むものとすることは到底できないから、右主位的請求において本件土地の収用時の時価と損失補償額との差額について請求がされていることを理由として、右主位的請求に係る訴えの提起の時に予備的請求である損失補償に関する訴えの提起があつたと解すべき特段の事情があるとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤つたものといわざるをえない。

そうすると、本件においては他に前記特段の事情の存在が認められないから、被上告人による本件予備的請求に係る損失補償に関する請求追加の申立ては、出訴期間を経過したのちにされた不適法なものとして却下を免れず、論旨は理由があり、本件予備的請求の訴えを適法とした原判決は失当であるから、これを破棄し、右請求に関する被上告人の控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一)

上告指定代理人森本治臣、同喜多明広の上告理由

原判決には土地収用法一三二条及び一三三条の解釈適用において法令違背があるばかりでなく、判決に影響を及ぼす経験則違背がある。

一、原判決は、土地収用法一三二条、一三三条の解釈適用を誤つている。

(一) 原判決は、その判決理由中において、「収用委員会の裁決についての審査請求においては、損失補償についての不服をその裁決についての不服の理由とすることができないと定められている(土地収用法一三二条二項)……したがつて、収用委員会の裁決の取消を求める訴においても損失補償額の不当は裁決取消の理由にはならないのである。本件において被上告人が裁決取消請求の請求原因として損失補償額についての不服を主張していないのはそのためであるにすぎず、だからといつて、控訴人に損失補償額を争う意思がなかつたものと速断することはできない」と判示している(八頁参照)。たしかに、土地収用法一三二条二項は、損失の補償についての不服をその裁決についての不服の理由とすることができないと規定しているが、そうであるからといつて、この規定からは、裁決の取消を求める訴訟において損失補償額の不当を取消理由にしえないとの結論を導くことはできない。この点において、原判決は土地収用法一三二条の解釈を誤つている。

また、土地収用法一三三条の規定も、次に述べるとおり、裁決取消訴訟において損失補償額の不当を取消理由とすることを禁止しているものではない。同法条は、収用委員会の裁決のうち損失補償に関する不服については、裁決に対する訴えとは別個の訴えによるべきものとし、訴えの当事者を起業者と土地所有者(関係人)としているが、これは損失補償に関する事項も裁決の内容の一部である以上、本来ならば裁決に対する不服としてその取消を求めて収用委員会を相手に抗告訴訟を提起すべきところ、損失補償に関する事項が私益的なものである点に着目し、起業者と土地所有者(関係人)との間で直接争わせることとしたものであるが、右損失補償に関する訴えは本質において抗告訴訟であるから、出訴期間についてもこれと類似の規定をもうけているものである。

しかしながら、土地収用法一三三条は、損失補償に関して規定しているのみで、裁決取消訴訟については何ら規定していないのであるから、裁決取消訴訟において、損失補償額の不服を違法事由の一として主張することは何ら不当ではないのである。

ところで、原判決は、先に引用した理由の叙述において、損失補償額の不服を違法事由として主張しえない(この点の判断が誤りであることは既に述べた)から請求原因の一として掲げなかつたのであるとして、掲げなかつたことに相当な理由が存するとし、次に額の不服を主張する意思が被上告人に存したかどうかを問題として、遂にその意思の存在について認定するに至るのである。

しかしながら、被上告人が請求原因の一として掲げなかつたことに相当の理由があるとしても、その掲げなかつた事実は明白に存在するのである。そして、本件のように民事裁判においては、請求原因が不明確である場合は格別、請求原因が明確かつ特定されている場合は、他に不服の事由があるか否かと内心の意思を探索することは無意味であるばかりでなく、その内心の意思を判断の基礎とすることは弁論主義に反するものである。

(二) 次に原判決は、被上告人が、上告人市長に対する主位的請求において、本件土地の価格と主張する金額と実際の補償額との差額の支払を求めている点に着目して、訴提起のときに既に上告人市長に対し実質的に右の損失補償額を争う意思を表明していたものと認めるに充分であると認定し、出訴期間遵守の点について欠くるところがない旨判示する。(八、九頁参照)

右認定は、以下述べる理由により、法令の解釈を誤り、最高裁判所判例にも違背するものである。

(ア) 原判決の右認定は、畢竟、主位的請求と予備的請求とがいずれも喪失した財産権の経済的価値の不足額を請求するものであるから、両者は実質において同一請求であると解するのであろうが、事実は、被上告人が主位的請求第二項において主張するところは、土地所有権侵害という不法行為に基づく損害賠償請求であつた。主位的請求第二項と予備的請求第二項とは外観上は同一文言であり、共に給付判決を求めるものであるが、当該請求を特定たらしむるそれぞれの請求原因が全く異なる以上決して同一請求ではないのである。よつて、訴え提起のときに既に上告人市長に対し実質的にも損失補償額を争う意思を表明していたということはできない。

また、明文上不法行為による損害賠償を請求している場合は、土地収用法上の損失補償の増額については、請求がないと訴訟相手方においては理解するのが経験則上当然であるといわねばならない。

(イ) 原判決の右認定は最高裁判所昭和三七年二月二二日判決(昭和三三年(オ)第一〇七八号民集一六巻二号三七五頁)にも違背するものである。

右最高裁判決要旨は「宅地買収計画請求の訴において、買収対価の不当がその違法事由の一として主張されている場合には、予備的請求としての買収対価増額請求の訴は、出訴期間経過後に提起されたものであつても、出訴期間遵守の点においては欠くるところがないと解すべきである。」というものである。

ところで、右宅地買収計画取消請求事件の第一審判決は、買収対価の点については、自作農創設特別措置法に「対価増額の訴」(同法一四条)という特別の訴訟が認められているのであるから、買収対価の不当を理由として買収計画自体の取消を求めることはできないと判示した。よつて原告は、控訴審において、予備的請求として買収対価の不当を理由として対価増額の訴訟を提起したがその時には一ヵ月の出訴期間を経過しているとの理由で却下されたのである。

右最高裁の判断は、出訴期間の関係においては、たとえ前記予備的請求の訴提起の時期が出訴期間経過後であつても、少なくとも買収対価に対する不服が既に第一審において買収計画取消の請求原因の一として主張されている場合は、対価を争う意思は、実質的には右買収計画取消訴訟提起の時から提訴されていたものと同様に取り扱うのを相当とし、本件予備的請求は、出訴期間遵守の点においては欠くるところがないと判示したものである。

ところが本件土地収用裁決取消請求訴訟の主位的請求においては、損失補償額の不服は、少なくともその請求原因の一としても主張されていないから、右最高裁の判旨に照らしても予備的請求の出訴期間が遵守されているとは到底言い難く、原判決の判断は失当であるといわざるをえない。

(三) 次に土地収用法一三三条一項の出訴期間について検討すれば、右出訴期間は、第三者機関である収用委員会から裁決書の正本の送達を受けた日から三月以内に訴訟を提起しなければならないと規定しており、損失補償に不服のある起業者及び被収用者たる土地所有者(関係人)は共に対等な立場に立つものとして、公平に出訴期間について規制を受けるものであり、右規定は被収用者ひとり規制しているものではない。この点で、行政事件訴訟法一四条に規定する出訴期間が専ら被処分者の訴訟提起について規制するものであるのに比しその構造を異にしている。従つて出訴期間が徒過しているか否かの認定にあたつては、ひとり被収用者の利益のみを考慮するのではなく、起業者の立場をも考慮して判断するのが正当である。

ところで、原判決は、一三三条一項の出訴期間の定めは、右当事者間の法律関係の安定をはかるためのものにすぎないと解されるから、本件において出訴期間の関係では、当初の主位的請求の訴提起の時から提訴されていたものと同様に取り扱うのが、被収用者の意思に合致し、その利益を保護するゆえんであり、そのように取り扱つても格別起業者の利益を損うことがないと判示する。

本件訴訟は、昭和四三年一〇月二九日提起され、予備的請求は、二年七ヵ月余経過した昭和四六年六月九日提起され、第一審判決は、昭和五三年四月一三日なされたが、本件訴訟がかかる長期にわたる時日を要した理由の一つは被上告人が裁決取消、損害賠償請求訴訟を提起し、これを争点として攻撃防禦してきたところ、被上告人が途中で損失補償増額の予備的請求を提起したことにある。この意味において、起業者である上告人市長は長期にわたり不安定な状態におかれ、現在もその状態は継続しているところであるから、原判決の「格別起業者の利益を損うことがない」との判旨は、著しく公平に反する認定といわなければならず、失当たるを免かれないものである。

(四) また原判決は、被上告人が収用手続で損失補償を請求していたことをもつて、本件訴訟提起の時に被上告人の損失補償額の増額の意思を看取しえたと判示するが、これは訴訟上の主張を訴訟外での主張をもとに推定せんとするものであり、これもまた民事訴訟における弁論主義にもとるものである。

以上の諸点からして、原判決は、土地収用法一三三条一項の出訴期間の規定を不当に拡大解釈しているといわざるをえない。

二、原判決の、主観的予備的併合及び関連請求に関する判旨には、解釈適用の誤り又は理由不備がある。

被上告人が主位的請求において上告人市長に対して損害賠償を求めていたのは、裁決が取り消されることを前提としていたものであり、裁決が適法であると被上告人において思料するときは、市長を被告とする損害賠償の訴えを提起することはありえなかつたはずである。すなわち、収用委員会を被告とする裁決取消と市長を被告とする損害賠償請求とは、前者を原因とし後者はその結果をなすものであり、後者のみが認容されることはありえないのであつて、本来ならば、被上告人は、収用委員会に対し裁決取消の確定判決を得た後、あるいは、確定判決を条件として別途民事訴訟を提起すべき(訴状請求の原因第一〇項参照)ところ、取消訴訟において同時に解決をはからんとして、市長を被告として加えていたものである。

したがつて、収用委員会を被告とする裁決取消請求訴訟と起業者市長を被告とする損失補償増額請求訴訟とが、主観的予備的併合の関係にあるのであり、その併合が許容されるか否かが判断されなければならないのであるが、原判決は「被控訴人市長に対し、主位的請求として損害ないし填補賠償の支払を求め、予備的請求として増額された損失補償金の支払を求めているのであるから、被控訴人主張の右主張は採用することができない。」と判示するので、原判決は主観的予備的併合の関係の捉え方を誤つているといわねばならない。仮に、原判決の右の捉え方が正当であるとしても、そのように捉えられた主観的予備的併合を許容する具体的理由を示していない点に理由不備の違法があるといわねばならない。

また原判決の上告人の関連請求に関する認定についても前述のとおりその理由は不明であり、理由不備の違法を免かれない。

以上の諸点よりして原判決は破棄されるべきである。

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